JANAMEFメルマガ(No.2)

チーフレジデントとしてコロナ禍を経験して思うこと

ハワイ大学内科レジデンシー チーフレジデント 浜畑菜摘


1. 米国でのコロナ発生状況

2020年1月下旬に最初の感染者を確認した米国ではその後急激に感染者数が増加し、2020年11月時点で米国内の累計感染者数は1200万人を超え、死亡者数は25万人超えと世界最多の感染者数と死亡者数を記録している。1月から現在に至るまでニューヨークでは医療崩壊が起きたり、全米でPPEの不足が起きたりと、先進国とは思えない悲惨な状況が続く中、現在第三波の恐怖が全米各地へ押し寄せてきている。もうこのような状況が1年近く続くのかと思うと驚きを隠せないが、この1年で米国の医療現場も大きく変わった。

米国ではそれまでマスクをすることは自分が体調不良である時に限られていたが、現在は医療者全員がマスクとゴーグルを着用するようになり、遠隔医療が急速に進み一時期は外来にほとんど患者の姿はなく全てビデオ電話での診療となった。

また毎日のように病院感染対策本部の会議が行われあっという間に院内のガイドライン等が作成され、現在も日々アップデートされている。様々な国籍・人種・宗教的背景を抱え教育レベルも違う人々が行き交う米国の特徴は医療現場にも当てはまり、違った背景をもつ医療関係者たちが皆同じレベルで会話をし、同じ方向へ進めるように米国では院内ポリシーやガイドライン、ルールなどがきちんと明確化されることが全体の統制をとる上で非常に重要とされている。これはコロナに限ったことではなくどんな疾病に関しても言えることだが、今回のパンデミックのような混乱が起きやすい状況下では特にその重要性が感じられた。米国での災害医療に対する考え方は2000年の9.11以降大きくかわり、災害が起きてしまったときの対応よりも“備え”が重要視されるようになったそうだ。多くの政府資源が投資されていたのにもかかわらず今回のように米国内の感染拡大が一向に抑えられなかったのは様々な要因が挙げられるが、非常に悲しい現実である。

2.パンデミックに対するハワイ大学内科レジデンシープログラムの対応

幸いハワイ州では本土のような悲惨な医療崩壊にはならなかったものの、第二波が到来した際には90万人という少ない人口のハワイ州で新規感染者数が350人/日を超え、ICUを含めた院内のベッドが次々とコロナ患者で埋まっていった。

通常ホスピタリストは1人で一定数の患者を持ち全てのカルテ記載、処方、コンサルト、他職種との連携を行う。しかしレジデントはまだ単独での診療ができないため、レジデントチームは指導医と上級医レジデントとインターンと学生という大人数で構成されている。1つのチームがコロナ患者の診療にあたると一度に消費するPPEが多く、また万が一チームの誰かが感染してしまった場合にクラスターとなる可能性が高いため、PPE不足防止と感染拡大防止の観点から当初レジデント達はコロナ患者の診療から外されていた。しかし、非コロナ患者よりもコロナ患者の割合が多くなるにつれて、院内のホスピタリスト達も次々とコロナ病棟に配属されていき、レジデント達の中から自分たちもこの困難な事態の役に少しでも立ちたいという声が聞かれるようになった。

米国では内科に限らずレジデンシートレーニング修了後には全レジデント が指導医レベルに到達する必要があるため、ACGME (Accreditation Council Graduate Medical Education:卒後医学教育認定評議会)という公的機関が常にローテートの質や取得単位数を厳格に評価しており、全米のレジデント達が規定以上の研修をレジデンシー修了までに満たすことが決められている。そのため各レジデント の年間のローテートスケジュールというのは細かく決められており、毎月違うローテート先で常に評価を受け、合格をもらえなければ再履修しなければならず卒業が遅れることすらある。そんな厳密なスケジュールの中でレジデント内に万が一クラスターなどが発生してしまった場合には複数のレジデントが隔離や治療のためにローテートを外れなければならないリスクがあったためプログラムとしても幾度も話し合いを重ねたが、病院のニーズとレジデント達の希望に応えるためにも第二波がいよいよピークを迎えた9月にレジデント達もコロナ診療に関わることが決定された。

3.チーフレジデントの役割

日本ではあまり馴染みのない役職だが、 米国ではどのレジデンシープログラムにもチーフレジデントという役職が存在する。多くの場合卒業したばかりのレジデントが追加で1年プログラムに残り、ジュニアファカルティーとしてレジデント達とプログラムの架け橋としてプログラム運営に関わる。大きな役割としては、“医学教育”、“プログラム運営”、“カウンセリング”、そして“メンター”の4つである。医学生の教育や遅れをとっているレジデントのサポートはもちろんのこと、ローテートのスケジュール管理、プログラム改善のための会議は毎日のように行われる。また上記でも述べた通り、レジデンシーの3年間というのは常に評価を受けており、一定以上のパフォーマンスを見せられなければ途中で解雇されることすらあるためレジデント達にかかるストレスやプレッシャーというのは大きい。さらに家族や友人と離れて研修しているレジデントも多くいるため、研修のプレッシャーやプライベートの問題からストレスを抱えるレジデント達のメンタル面のサポートもチーフの重要な役割の一つである。

今回のコロナ禍ではさらに長期間にわたりレジデント達の精神的ストレスが積み重なったことは言うまでもなく、だからこそレジデント達が少しでもコロナ診療に携わって仕事の意義を見出したいと意見した時にはその気持ちを尊重したいと強く感じた。

4.質の高い内科医を育てるためのホスピタリストの重要性

先ほども述べた通り米国の内科レジデント達は、3年間の研修が修了する頃には内科指導医として単独で機能できるだけの知識と技量を身につけて卒業する。3年の間に指導医のレベルに到達できないレジデントは卒業を認定してもらえないため簡単な道のりではないが、アウトカムを重要視したシステムは質の高い内科医を育成することには長けていると思う。専門内科に進む場合には内科研修卒業後に専門内科のフェローシップに進みさらに研修を積む。つまりホスピタリストもその他の専門内科医も皆基本的な内科管理を3年間学んでいるため、コンサルトをしていても共通言語を使っているのを感じてコミュニケーションが非常にスムーズである。米国では若年の患者さんでも糖尿病や心疾患などの基礎疾患を多く持つ患者が多いため、一般的な糖尿病管理やCOPD, 心不全の管理ができないとホスピタリストの日々の仕事はコンサルトばかりになってしまう。今回のコロナ診療でもホスピタリストの包括的な内科管理がコロナ患者の入退院を非常にスムーズにした。

特に高齢の患者さんは基礎疾患を多数持っていることが多く、その一般的な管理だけでなく、予後も推定した上でどこまで慢性疾患を厳格に管理すべきか、QOLと寿命とのバランスをいかに図るかなど、バランスの取れた内科のスキルが必要になる。これは今後ますます患者の高齢化が進む日本においても全内科医にとって必須の技量であると感じる。どの施設に所属していてもこのようなバランスの取れた内科医としてのスキルを身に付けられる研修ができるよう、その育成者となる日本版ホスピタリストが全国に拡がっていくことを願うとともに、将来少しでもその過程に力添えできたら自分が米国にきた意義があると思う。

 


執筆:浜畑菜摘
ハワイ大学内科レジデンシー チーフレジデント

 

発行:公益財団法人日米医学医療交流財団【2021年3月1日】